CEOプロフィール(道程)

  • 僕の前に道はない
    僕の後ろに道は出来る
    ああ、自然よ
    父よ
    僕を一人立ちにさせた広大な父よ
    僕から目を離さないで守る事をせよ
    常に父の気魄を僕に充たせよ
    この遠い道程のため
    この遠い道程のため
  • 道程  高村光太郎

国語の教科書にも採択されるほど有名な詩です。この詩の冒頭「どこかに通じてゐる大道を僕は歩いてゐるのぢやない」という心意気で、人生を大切に・野心的に生きていきたいと思っています。

中濵数理(なかはま かずみち)

ひととなり

趣味は空手、ソフトボール、秩父札所巡りです。

空手は高校時代にインターハイ2回出場、全国選抜1回出場、糸洲会流全国大会8位の実績があり、大学時代は東京都港区大会と東京都三鷹市大会を制しています。

漫画「空手バカ一代」がバイブルです。

ソフトボールは主にピッチャーを嗜みます。慶應義塾大学塾員が参加する塾長杯では、夏季予選優勝・本大会3位まで勝ち残ったことがあります。

人間関係を大切にします。故に、人とは「魂」を以ってお付き合います。

経歴

CEOプロフィール(科学)に記載した内容は省略しています。

  • 2002年:ポータルサイト「使った積もり貯金」「SAYONARAにきび」「SAYONARAアトピー」の運営を開始する。何れもYahooカテゴリ(当時)に掲載される(2003年頃から5年間以上、後者2つのポータルサイトがGoogle・Yahooの両検索エンジンにて、ビックキーワード「にきび」「ニキビ」「アトピー」で1位表示される)。
  • 2002年:WEB広告ビジネスをスタートする。
  • 2003年:キヤノン株式会社に入社する。
  • 2004年:GoogleよりGoogleアドセンスに関する功績で表彰され、感謝状と記念品を贈呈される。
  • 2004年:アフィリエイトASPアクセストレードモバイル(株式会社インタースペース)にて月間物販1位を達成する。
  • 2004年:株式会社インタースペース後援のアフィリエイトセミナーに招待講師として招聘される。
  • 2005年:独自SNSインフラ「ニキビ・ナビ」の提供を開始する。
  • 2006年:ガシーレンカージャパン日本法人の広告代理店とニキビ用コスメ「プロアクティブ」のプロモーションでタイアップする。
  • 2007年:アンネマリーボーリンド日本代理店とニキビ用/アトピー用コスメ「ダドセンス/ピュラダーム」のプロモーションでタイアップする。
  • 2007年:五本木クリニックとの連携を開始する。
  • 2008年:株式会社ペレインターナショナルの首席顧問に就任し、ドクターズコスメブランド「ジープラス化粧品」をスタートアップさせる。
  • 2010年:株式会社オウケイウェイヴ「社内ベンチャー」と提携し、専用SNS内ニキビカテゴリのファシリテーターに就任する。
  • 2011年:ポータルサイト「ヘルススクランブル」の美容ライターを務める。
  • 2018年:ドクターズコスメブランド「NKラボ」をスタートアップさせる。
  • 2018年:スキンケアカウンセリングインストラクター資格と認定講師資格(何れも一般社団法人日本スキンケア協会発行)を取得する。
  • 2019年:一般社団法人日本スキンケア協会 顧問に就任する。
  • 2019年:株式会社YUKAZE 特別顧問CTOに就任する。
  • 2020年:2020 MISS JAPAN PAGENT Shizuokaの事務局CTOを務める。
  • 2020年:由風テクノロジー株式会社を設立し、代表取締役CEOに就任する。

日本政府が働き方改革・副業推奨を表明するずっと以前から、そのような活動を継続しています。結果、キヤノン株式会社の平均的な生涯年収を上回る収入を得る機会に恵まれました(自宅・車・自己投資・その他にほとんど使ってしまいましたが💦)。

基本的に「転んでもタダでは起きない」。自分・他人の「負」は全て利益に転化できるというのが私のビジネス思想の根幹です。ニキビ・アトピーは、まさに好例です。

キヤノン株式会社 在勤中に、後輩・友人・先輩・上司らから、「大学卒業時に起業せずに、キヤノンに入社したのはどうして?起業に集中した方が儲かっただろうに」と、質問を受けた経験もしばしばです。

この質問に対する回答は、「思想(ソフトタッチ編)」に転載している文章から、何となく察していただけるのではないかと思います。

保有資格

  • 甲種 危険物取扱者
  • 特定化学物質作業主任者
  • 毒劇物取扱責任者
  • エックス線作業主任者
  • 第一種運転免許
  • TOEICスコア:730
  • スキンケアカウンセリングインストラクター(一般社団法人日本スキンケア協会発行)
  • 認定講師(一般社団法人日本スキンケア協会発行)

思想(ソフトタッチ編)

以下の文章は、以前に利用していたアメブロ(自己最高ランキング4位!)にてアップロードしたコラムのひとつです。「思想」そのものズバリではありません。敢えて「察する」を重視した文章です。


タイトル:会社員としての良さと起業人としての良さと

私は、キヤノン株式会社という巨大企業でマネージャー職まで経験させて頂き、一方で、課外活動(起業人)として様々なことにチャレンジしてきました。えらそうに年寄りじみたことを書かせて頂くのも恐縮ですが、会社員をされている方は、何かしらの課外活動(自分の財布が痛むものが好ましい)を経験されることをお薦めします。

大企業という看板に守ってもらいながら仕事をしていると、いつの間にか自分が自分の身の丈よりも大きくなったような錯覚にとらわれて成長がストップしてしまうリスクがあると感じています。また、課外活動をすることで、普段、何気なく使っている「予算」の大切さ・ありがたさが実感できます。

一方、最近、インターネットで一儲けしてストレスフリーで自由な生活をしたいと憧れている学生の方がたくさんおられると思います。中には、凄いアイディアをもっておられてびっくりするほど儲けておられる方もたくさんおられます。

今後もそういう生活を続けたい(起業人であり続けたい)と思っておられる方に対しては、それはそれで素晴らしいことなのですが、今の活動はそのまま継続しながらも、一度、10年くらい大企業の会社員を経験されてはいかがでしょうか?と、提案します。

会社員を経験すると、時に不本意な上下関係や派閥、くだらない足のひっぱり合いなどに巻き込まれることもありますが、それも自己成長のための貴重な経験です。また、「社会常識」や「組織論」を肌で学ぶ(しかもお給料をもらいながら!)ことは「単なる起業人」には享受できない貴重な体験になり得ます。

余計なことを長々書きました。会社員と課外活動の両方を極めるに至っていない私などが僭越なことを記しているなとは思うのですが、私の場合、仕事柄これら両方の立場の方々とお話する機会が多く、都度、感じるところがあるため思いを述べさせて頂いた次第です。


思想(ハードタッチ編)

以下の文章は、ドクターズコスメ「NKラボ」のプロフィール欄にて記載していた文章です。こちらも「思想」ズバリではなく「察する」を重視した文章です。

魂を込めて殴り書いたこともあり、長文で脈絡がなく、現在形と過去形も混在する読みにくい文章です。この点、ご了承下さい。


趣味はドライブと秩父札所めぐりです。出身は広島県呉市吉浦町で「未だ望郷の念やまず」ではありますが、心のアンカレッジは秩父です。古き良き日本の町並みがそこらかしこにみてとれてとても落ち着きます。最終学歴を工学博士(Ph.D.)@慶應義塾大学としていますが、これは私の実力以上の話で、先生・方々との巡りあわせが良かったのだと思っています。

呉市立吉浦小学校(将棋部、ソフトボール部、児童会役員)、呉市立吉浦中学校(バレーボール部、生徒会長)、広島県立呉宮原高等学校(空手部主将)と、根っからの公立っ子で地元っ子。まさか私立大学に、しかも上京することになるなど夢にも思っていませんでした。

高校時代はもっぱら部活専門で、両親に対しては河合塾に通っているふりをしながら、土日も空手道場に入り浸っていました。修学旅行すら部活の上位大会と重なったため辞退したほどの徹底ぶりで、その甲斐あってか戦績も、高体連の呉市大会は5連覇、広島県大会も5連覇、中国地区大会で3位が2回、インターハイ出場2回(宮崎、栃木大会)、全国選抜大会出場1回(日本武道館)、また、糸洲流の全国大会ではベスト8が1回となかなかのものでした。

大学に入ってからも東京都の港区大会と三鷹市大会でそれぞれ1回ずつ優勝(初出場初優勝)し、自分の空手は首都圏でも通用するのだということを(勝手に)納得した後に、選手活動を終えました(もう痛いのはこりごりです)。

慶應義塾大学理工学部に入学できたのはラッキーでしたが、周りは国立医学部の滑り止めで慶應義塾を受験した人達ばかり。彼らは「アンラッキーに」慶應義塾大学に入学した秀才・天才で、教科書を一度目を通しただけで理解しまう恐ろしいほどの学力を目の当たりにし、「場違いなところに来てしまった・・・」と激しく後悔の念にかられたのを覚えています。

一年時の成績で「A」は体育の一教科のみ、あとはほとんど「C」という留年すれすれの散々たる有様。日吉キャンパスの大掲示板に成績不振者として私の学籍番号が張り出されたときは本当にまいりました。思い出すのもここに書くのも恥ずかしい話です。

そんな底辺の人間にも転機というのは必ずあるものです。何が転機になるか、それに気づくかどうかは人それぞれだと思いますが・・・。私の場合は、両親が関係するある出来事がきっかけでした。

そもそも裕福なわけでないことは承知していたつもりでしたが、そのような経済状態で子どもを学費のバカ高い私立大学に入れ、東京(正確には神奈川県の日吉)で一人暮らしさせるための仕送りまですることは、とても負担が大きかったのだろうことは推測に易しです。

このことを改めて実感することになる私にとって重大な出来事があったのですが、その内容は書かずにおこうと思います。両親のため、そして私のために。

とにかく、本当に苦労して一年間大学に通わせた結果があの成績ですから、両親は本当にやるせなかったと思います。

その出来事をきっかけに私は奮起しました。朝5時起きで勉強開始、講義は全て最前列の真ん中で聴講し、帰宅後は翌朝2時まで予習・復習という浪人生もびっくりな、私自身もう一度やれと言われても絶対できないと思うような生活を卒業まで続けました。

結果、さすがに並居る秀才・天才との差はすぐには縮まりませんでしたが、専門課程中心となる三年時には一科目以外全て「A」。学科3位(*化学専門領域;単年1位)の成績にまで自身を押し上げることができたのです。

尋常ならざる努力は決して無駄にならないと思います(たとえ目に見える結果がすぐについてこなくても)。私の場合、その努力が知識と行動力、そしてお金を生み出してくれました。

かつての成績では絶対無理と思っていた日本育英会の第一種奨学金(利子無し貸与)を頂き、給付奨学金もチャレンジしたものは全て合格したと記憶しています。後期博士課程在籍時には、学費は給付奨学金で、生活費は日本育英会の貸与奨学金で全て賄えたため、金銭不安なく研究生活に没頭することができました。

とてもありがたいことだと思っています。

※日本育英会に600万円ほどの借金ができましたが、利子無し貸与なので借りた分だけ粛々と返済すれば済む話です。

今、人生の折り返し地点を迎えてこれまでを振り返ってみると、本当に多くの人、多くの公的機関にお世話になりながら(借りを作りながら)今に至ったのだなとしみじみ思います。お金は返せば済みますが、人から受けたご恩はその方ご本人にお返しすることはできません(何れの方も、私より目上の方ばかりであるためです)。

私は、受けた恩はその方ご本人にではなく、自身が関わることのできる方々にお返しするべきものだと思っています。

大企業で先端科学領域を深淵しつつ後継者を育成しつつ企業活動に貢献することは、間接的に世の中に貢献することであることは理解しています。が、しかし、研究開発者は直接顧客様と接する機会がないため、なかなかそのことを実感することは難しく、もどかしい日々を過ごしていたのも事実です。

ここで第二の転機がやってきました。

サラリーマン研究開発者であることと並行して取り組んできた自主活動(WEB運用・WEB広告・肌悩みカウンセリング)がきっかけで、ドクターズコスメブランド「ジープラス化粧品」の立ち上げに際してお声がかかったのです。

ここでは大企業では経験できない本当に様々なことを勉強させて頂きました。中でも、化粧品開発に携わりながら、開発者自らが顧客様と直接接し、時に、カウンセリングさせて頂くという経験は、非常に稀有な体験で、顧客様に喜んで頂いた時、褒められた時、時に叱責されたこともありましたが、何れもが私にとってとても価値あるものでした。

また、ジープラス化粧品の連携医療機関である五本木クリニックの桑満院長には、最新の美容医療をご教示頂くなど、私がこの分野で成長するために多くの便宜をはかって頂きました(大きなご恩です)。

話を少し巻き戻します。私は、私が成長する過程で受けたご恩を、私と関わる方々に貢献することでお返ししたいと思っています。しかし、一概に貢献するといっても、私の中に人から喜んでもらえるような特技や能力があるのだろうかと改めて思い返した時、テクノロジーと医療、美容という3つのキーワードに辿り着いたついた次第です。

乞うてジープラス化粧品にそのまま関わらせて頂くという方法もあったのかもしれませんが、自分には自然科学者としての見識と考察力、そして学位取得以降に培った知識、技術があります。そのため、既存ブランドの枠を超えたサービスを展開することで、もっともっと多くの方々に喜んでもらえるのではないかという気持ちが優先しました。

しかし、いざ「組織」を飛び出してみるとここに至る道のりは苦難の連続でした。既存企業という看板を外して活動することが、想定を超えて「誰からも信頼されない」ことなのだということを改めて思い知らされた次第です。工学博士(Ph.D.)という学位は、海外では絶大な金看板になるのですが、日本では全く役に立ちません。

昔、「賢い子」を意図する言葉として「末は博士か大臣か」などという文句がありましたが、博士と大臣は比べる余地もありません。日本では地位も信用も収入も大臣が断然上で比較することそのものが失礼です(もちろん人間性は別です)。

冗談はさておき、毎日、北へ南へと手土産をもって商談先を訪ね周り、ビジネスパートナーと信頼関係を構築できるよう対話を重ね・・・と、何のコネもない一個人からスタートするハードルの高さは想像を絶しました。時に、正式なプロセスを経て面会にこぎつけたにも関わらず、ゴミでもみるように見下されたこともあり、例えば、一部のお医者様の選民意識には本当に辟易したこともあります。

※海外ではPh.D.は医者と同様、或いはそれ以上に評価されるんだぞ!医者の最大特権である処方箋だって我々科学者が貢献しているんだぞ!と何度心の中で負け惜しみを言ったか知れません(;^_^A

大企業の看板をしょって行動していた頃は、交渉もスムーズに進みますし、出張代は実費で支給されるしで、当時は厳しいノルマの中でハードに仕事をこなしていたと自負していましたが、それがどれだけ恵まれた環境であったか、そしてどれだけ自分が甘ちゃんであったかを思い知らされる良い機会だったのかもしれません。

例えば、リニュアル前のドクターズコスメ「NKラボ」公式ストアHPは、大枚をはたいて大企業に依頼したものでしたが、仮納品されたのは見るも無残な出来栄えのWebサイト・・・完全になめられ放題です。結局、私がいちからほとんど作り替えたのですが、「あ~、お金返して欲しい」と心が叫びたがっている自分が今でもいるのは確かです。

しかし、「捨てる神あれば拾う神あり」というのは本当ですね。これが第三の転機です。

誠心誠意、行動し続けることによって次第に理解を示して下さるビジネスパートナーが現れはじめ、その方々のご紹介でさらにビジネスのネットワークが広がるという正の連鎖が生じはじめたのです(おかげでご恩返ししなければならないボリュームが増えてしまいました💦)。

ここから私の人生・ビジネスがどのように転がっていくかはわかりませんが、この文章を読んで下さった方々と「ここで出会えて良かったね!」と言い合える将来にするために、思考・行動・誠意をキーワードに精進し続けることを宣言します。